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わたくしごと。6/16 

嵐ゴトではありませんので、興味のない方はスルーして下さい。
















今から10年と少し前、交通事故で友達を亡くしました。




事故の数ヶ月前、彼は私に沢山の夢を語ってくれました。
夏になったら、来年は、ゆくゆくは…と、目をキラキラ輝かせて、私よりいくつも年上の彼が少年のように私に、夢を語ってくれました。これからやりたいこと、それを叶える為にまず、何をするか。それを聞いた私は、「今から夏が楽しみだね」と彼と笑いあいました。


でも、それからほんの数ヵ月後、彼は逝ってしまいました。

彼には夏も、来年も…二度と訪れることはありませんでした。


その車には、私の直接の友達が3人、友達の友達が2人、あわせて5人が乗っていて、2人が亡くなり、1人は下半身骨折の大怪我となり、運転していた一番年下の男の子と、同乗者のうち1人は軽症という、かなり大きな事故でした。

亡くなったもう1人と、運転していた子は、私は親しくなかったのですが、亡くなった2人の無念さを思うのと同じ位、運転していた当時確か未成年だった彼のことも心配になりました。
まだ10代で、自分はほぼ無傷という状態で、先輩1人と友達1人を亡くした彼の苦悩。
そして、助かったけれど、大怪我をしてそれから1年以上車椅子生活を強いられた彼もまた、苦しんでいました。



亡くなった友達について、私が今も毎年思い出すことがあります。


亡くなる丁度一週間前のことです。当時私は、まだ入社して1年未満。
先輩の手前、会社にいる時は携帯電話(というかPHS)をバイブレータにしてロッカーに入れっぱなしにしていて、お昼休みも手元におきませんでした。
ところがある日、お昼を食べていた時に携帯が、音を出して鳴ったんです。今現在、働き出して10年以上になりますが後にも先にも会社で携帯の音を消し忘れたのはあの一度だけ。しかもロッカーにあるはずなのに何故かその日はお弁当のバッグに入っていたんです。更に非通知や知らない番号の電話には絶対出ないのに、その時は音を早く消さなきゃという思いから電話に出たんです。(彼とは友達だったけど、連絡先を登録してませんでした)


その時の電話は、今日遊ばない?という内容でしたが、前日朝まで飲んでたし、(若かったんで…)確か翌日も別の友達と遊びにいく予定だった私は、断ったんです。


その時の「じゃあまた~」という彼の声をいまだに忘れられません。


亡くなったと聞いたあと、「またって言ったのに、どうして電話くれないの?またって言ったんだから、電話かけてきてよ!」と私はわんわん泣きました。
「また」という言葉が、どれだけ当てにならない約束なのか…
それを初めて、知りました。

また彼から普通に「遊ばない?」って電話が来るかもと思うと、それから暫くして、PHSから携帯電話へ切り替える時も、PHSをどうしても解約できなくて…お金もないのに、暫く携帯とPHSを2台持っていました。

そしてなにより、どうしてあの日会わなかったんだろうと悔やみました。


今思えば、それは逆にもし1週間前に逢っていたらもっと辛かっただろうと、私が必要以上に泣かないよう神様が決めたことかもしれないとポジティブに考えることもできますが、その時は本当に、本当に、悔やみました。



亡くなった2人のうち、1人は即死でしたが、私の知人は暫く頑張っていました。本当はその車に乗るはずだったけれど乗らなかった別の友達や、運転していた子を好きだった友達、亡くなったもう1人を好きだった友達と交互に電話をかけたり、かかってきたり…
人間、本当に悲しいときは涙が出ないっていうことを生まれて初めて知ったのは恐らく、この時だったと思います。


それまでに、祖父が亡くなったりはしていたのですが、やっぱり、こういう形で身近な誰かを亡くした事がなかったのと、私は彼に恋をしていたとかではないんですが、亡くなったその彼とは1週間前に電話をしたばかりだったり、他の4人についても、1週間位前に逢っていたし、なんだかそんな人が突然遠くにいってしまったり、人生が変わってしまうことに、周りの誰もが、言葉を発せなくなっていました。電話しても、電話の向こうとこちらで泣いてばかりで言葉にならなくて…



その日は朝まで殆ど眠れませんでした。


でも当然会社を休むわけにもいかず、泣き腫らした目で、寝不足と、ショックをうけて動転したままで頭も心も真っ白なまま、なんともいえない気持ちで仕事に行こうと玄関をあけました。


すると。


白い、小さな、赤ちゃんの蛇が、庭に…いたんです。

立ち尽くす私が居るのに、暫くどこにもいかず、じっと私を見ているのです。


私の自宅は、一応首都圏。
山も川もありません。普通の住宅街です。

なんで?

本当に、驚きました。

でも、不思議と、全く怖くなかったんです。
蛇なんて、庭にいたら、気持ち悪くて、怖いはずなのに、全然…。
それでも、いるはずのない生き物がいることに驚いた私は母親に、「お母さん、蛇!」と声をかけたのですが、「いるわけないでしょ」と言われました。そりゃあそうですよね。母を呼んでいる間に、蛇はどこかへ行ってしまいました。

なんだったんだろう、と思いながら仕事に行き、(まあ、その日は全く仕事にならなかったんですけど…)戻ってくると、母が。
「…お母さんも、見たよ。」と言ったのです。
しかも、お昼位までずっと庭にいたらしいのですが、母が目を離した一瞬にまるで最初からいなかったかのように、煙のように消えてしまったそうです。


バカみたいだと思うかもしれませんし、これは物凄く後付けの話ではありますが、
私は、あの蛇は亡くなった彼だったんじゃないかとその時、思いました。

私が思いを残さないように、「もう、生まれ変わったから大丈夫だよ」って
逢いにきてくれたんじゃないかなって。
もしくは、あの蛇が、彼をきちんと天国につれていってあげるから、と言いにきてくれたのかなと。

よく、白い蛇は神様の使いといいますし、ホントに小さな、生まれたての赤ちゃんだったんです。あの家には、20年以上住んでいますが、後にも先にもその一度だけです、蛇を見たのなんて。

だから、私はその瞬間から、泣くのをやめました。
他の友達はその後何ヶ月も泣いてましたが、私は彼のことを思って泣きはしませんでした。逆に、事故をおこしてしまった彼や、大怪我をしてリハビリに苦しんでいる彼と
連絡をとり、色々話をしました。

無論、亡くなった人とは全く違いますが、大怪我をした彼も、運転していた彼も、
充分傷ついていました。私の女友達同士も、亡くなった人を好きだった子と、運転していた子を好きだった子がいたので、暫く少し変な空気が流れていました。
色んな人の人生が、運命が、大きく変わってしまいました。

人の運命とか、人生って本当に、ほんのちょっとのことで変わってしまう。


私も人間だから、辛いことや苦しいことがあった時、「死にたいくらい辛い」とか、言葉のアヤでつかうことはあります。でも、私は絶対に、自分で命を絶ったりはしないと、あの時、誓いました。
周りに、「死にたい」なんて言う子がいたこともあったのですが金八先生なみに熱くお説教しました。
「そんなに命を無駄にしたいのなら、その命を亡くなった彼にあげてよ」って。
「あんなに彼は、自分の未来を楽しみにしていたのに。そんなに、自分の未来を大事にできないなんて、彼に失礼だよ」って。

人それぞれ色々な事情があって、思うこともいろいろあると思うけど、少なくとも私は、私の周りに、そうやって命を粗末にしようとする人がいたら全力で止めたい、と思いました。
そして、命の問題でなく、日常のほんの些細なことも含めて、私も精一杯人生を楽しまなきゃって思いました。

でも。

あの時、後悔しないように生きようと思ったはずなのに、実際は毎日、色々と悩むことだらけ。言いたいことが言えなかったり、やりたいことを諦めたり、正直、そんな日々をすごしてしまっています。
なかなか難しいんですよね、悔いのないように生きる事って。
その対象になるのは、小さなこと(あの洋服買えばよかったなあ、とか。)から大きなこと(あの時会社辞めて転職すえばよかったなあ、とか。)まで様々ですけど…。

だから時折、ふと彼のことを思い出します。
そして、もっともっと逞しくありたいと思うのです。

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