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フリーター、家を買う。【第4話】

わたしの行く道。

どこに行こうとしているのか、30歳も折り返しに近い年齢というのに、未だに見えず。

でもそういうのって、ムリして見つけなくてもいいもんだ、ある日突然それはやってくるんだということを、34歳になってからようやく気付きました。

10代の頃は、なりたいものが沢山あった。
20代になると、現実を知って、いわゆる普通のOLになって。
私の場合特に、23歳~28歳くらいの20代大半は辛い、というよりしんどい恋愛をしていたので、もう、情けないけど全てが恋愛中心だったような気がする。
30代になって、自分を変えたくなって。でも今更、何をしたらいいのかもわからなくなっていて。今から何かを新しく始めるには歳をとりすぎているって自分で決め付けていたし、そんなにやりたいことも正直なかった。子どもの頃に夢見ていたことは全て夢だと悟ってしまっていたから。

そんな私が突然、本当の意味で「生き始めた」のは本当に、夏のエジプト&トルコ旅行が大きかった。世界観が本当に変わったんです。上手く言えないけど。



そして、もうひとつは嵐さんや、ここの皆さんに出会えたこと。


よくある『たら』『れば』話なんですけどね

嵐を好きになったから、私はブログをやろうと思った訳で。
たまたまラジオが聴ける地域にいたからレポートしてみた訳で。
初めは一日10人とかから始まって。100人になり、1000人になり。
色んな理由で、色んな検索ワードで、たまたま私のブログを訪れてくれた方がいて。
…っていうのが続いて、巡り巡って今では毎日のように沢山の方の訪問を頂けるようになって。

毎日、ここで、皆さんと一緒に、笑ったり悲しんだり、考えたり。
何か一つボタンを掛け違えていたなら、今この瞬間はなかった訳で…
不思議。

このブログで皆さんと知り合えたことも、私の中の大きな変化の一つ。
私は常々、後悔しないように生きたいと思っていますが、実際は割と後悔ばかりしていました。 (まあ、人間そんなもんですよね)
人生には何度か本物の分岐点、ターニングポイントがあって。
どちらを選ぶかで天国と地獄に分かれると思いますが、割と毎回、その見極めに失敗してきた気がします(苦笑)
それでもふんばってなんとかここまで生きてきて。


結構間違えて紆余曲折してきたけど、最近、今、ここにきて、なんか凄くいい流れの中にいるなあと思いますconfident


ローズケネディの言葉にこんな言葉があります。
『鳥は、嵐が過ぎるとさえずる。人も困難の中に残された僅かな光を喜べばいいのだ』
道に迷った時にこの言葉を思い出すと、まだまだ頑張れるかなって気になれるんです。嫌なことや辛い事があって、それを「イヤだ」「大変だ」ってばっかり言わずに、大変な思いをして達成したなにかのこととか、それまでの自分の努力とか、そういう、辛かった思いも楽しめるようにできたらなあとか。だから、嫌なことや辛いことがあった時は嵐や、ここの皆さんのことを思い出してこれからも頑張ろう、と。

嵐を好きになってここで色んな人と出会って人生捨てたもんじゃないじゃんって、毎日楽しいじゃんって思っていた時に旅行に行って、ここでもまた異文化交流があったりで視野が広くなって。毎日が発見で。

♪May Be っていうか今日は日々に感謝をする時?♪


ここ半年、スーパーフレッシュをかなり頻繁に聴いています。
このフレーズ、とっても良く頭に浮かびます。


…と、ここまでの文章は実は8月に書いていたのですが、今、丁度ですね、フリーター、家を買う。で、誠治くんが大人になったら夢なんか持ってても仕方ないんだよ、みたいに思っていたのにお母さんの為に目標をもって頑張るところなので、凄く想いがリンクします。



さて、第3話にて、「家を買う」という目標をたてた誠治くん。

その夢に邁進する訳ですが…

うつ病のお母さんの世話(って書くと少し、嫌な言い方ですが)を、だんだんうっとおしく感じてくるわけです。

いや、でも、それって真実だと思うなあ。

冷たいって思うのは、傍から観ている人の意見であって、肉親だからこそ、尚更、「もういやだ」って思うコト、逆に沢山あると思うんです。

例えば介護の仕事をされてる方はそれは仕事なので、嫌だったらもう、辞めればいいって話だし、逆に言うとお金を貰ってる訳だし、自分の中での割り切りもできると思います。
でも、無償の愛となると、そこはね、難しいんだと思います。
相手も、身内だと思えば更にわがままもいうだろうし。
それにプラスして、うん、これはみぃ。がちょっと思ったことなんだけど、親から子供への愛情と、子どもから親への愛情って、多分、イコールじゃないような気がする。どっちも大事なヒトに変わりはないけど、子どもの為ならなんでもします、命も差しだします、ってドラマはいっぱいあるけど、親の為に死にますみたいなドラマってまず、ないでしょ?
現実問題でそういう事態になってみないとわからないけど、親はもちろん大事だけど、子どもへの愛情とは違うような気がします。自分にとってやっぱり、親は親だからなのかな。親に守られて育つから、守ってあげようって感じが薄れるのかなあ?

毎年、必ず1件2件はニュースになりますよね、介護疲れからの心中だったり殺人だったり。酷い話だけど、でもそこまで追い詰められちゃう側の気持ちもわからなくないというか。


親子だろうが夫婦だろうが、やっぱり、自分の生活って誰にでもある訳で、それに支障が出てくると、やっぱりしんどいって思うのが本音だろうなと。
勿論、だからって殺しちゃったりすることがいいとか正しいっていうんじゃなくてね、気持ち的には、という話。



今回、誠治くんが、カラオケで泣きながらこぼしていましたね。

「いなくなってくれたら」って。

お母さんのこと、大好きなのに、それでも、もう限界だって思って、ふりまわされたくなくて、身体もしんどくて。折角2次面接まで行ったのに、帰ることになったり。
(でもあそこで心配して帰ってくる誠治くんってほんっとに優しい子なんだなあ)

そしたらやっぱり
「いなくなってくれたらほっとする」と思う。

でもそれと同時に、そう思ってしまう自分に物凄い自己嫌悪ですよね。

私もやっぱり母と喧嘩したりして、酷いこと言っちゃったりして、言った時はこっちも気が立ってるからつい口にしちゃうんだけどあとで、凄い凹んじゃったり。

母にね、最近、「あとで謝るくらいなら最初から言わなきゃいい」って言われて。

いやあ、その通りなんですけど…なかなか、ね。


そんな仏のような性格じゃないし人間出来てないので、やっぱりムカッとしてひどいこと言っちゃったり、たまにあるんだよね…。いやあ、反省。

4話の誠治くんに関しては、やっぱりカラオケでの泣きの演技が大絶賛のようですが、勿論あそこもいいけど、「なんでアイツの…っなんでアイツの肩持つんだよ!」の半泣きシーンも、そのあとの面接前の「今だけは邪魔しないでくれよ」とかね、やっぱり素晴らしいなあ。
と思いました。ホントに、ドラマだってことを忘れてしまう。
例えばバラエティー番組やコンサートで、嵐の二宮和也として出てくる時と、外見は同じなのに、誠治くんは、ニノの演じている人、ではなく、やっぱり武誠治、って一人の男の子にしか見えなくて。普通に隣の家の男の子を観ているみたいな。凄いなあ。


…それにしても。


お母さんが居なくなったらホッとすると思う、と吐きだした後もちゃんと家に戻ってお母さんにハンドクリームを塗ってあげる誠治くんって、ホントに優しい仔だなあ。泣ける。
みぃ。もこのドラマの後母に「…ハンドクリーム塗ってあげよっか?」って聞いたら「いい」ってバッサリいかれたけど(笑)



 

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